橋本一監督インタビュー2017

このインタビューは2017年の「橋本一監督による俳優のための実践的ワークショップ」にさきがけて行われたものです。すでに終わったワークショップですが聞くべき内容があるので公開します。聞き手はアクターズ・ヴィジョン代表の松枝佳紀です。

松枝 僕の最初の師匠は、那須博之監督でした。

橋本 ええ、はい、ビーバップハイスクールの。

松枝 那須さんの死によって一緒に企画開発していた映画「神の左手悪魔の右手」の制作が中止になりかかったんです。それを那須さんの弟分の金子修介さんに監督を受けてもらえないかお願いしに行って、それで潰れかけた企画を復活させて、なんとか映画にすることが出来ました。僕はそれでシナリオライターデビューをしたんです。

橋本 そうなんですね。

松枝 昔はどこの映画会社も、自社で映画監督を抱えていたと聞きます。社員監督の時代ですね。大学を卒業して就職活動して映画会社に入社して映画監督になった。那須さんや金子さんは日活に。深作欣二さんとかは東映に。そんな社員監督の時代はとっくに終わったと思っていたら、なんと橋本さんは東映に所属している社員監督だったんですね。

橋本 でも、僕はかなりイレギュラーで。

松枝 と言いますと?

橋本 実は僕の前、およそ20年ぐらい、東映は社員監督を採ってないんですよ。

松枝 ええっ、そうなんですね。

橋本 で、面白いことに、20年間新人の演出部が入ってきていない。だから、僕のすぐうえは20歳以上も年上で(笑)定年まじかの人たちが沢山いて、たとえば土橋亨さんとかいたんですよね。「極道の妻たち」の2作目を撮られている方ですけども、彼らが1期上の先輩で(笑)

松枝 なるほど、間が居ない(笑)

橋本 60年代終わりぐらいまではコンスタントに演出部を採用していたみたいなんですが、結局映画産業が斜陽になって監督を抱えないようになった。でも、ちょうど僕が就職活動をしていたとき時代はバブルで、一人だけ採用してみようかみたいなことになった。それに応募したら、なぜか受かってしまって。ちなみに、僕らのあとにまたバブルがはじけちゃって、採用は無くなりましたが。

松枝 じゃ、橋本さんは、そのわずかな隙間に入ったんですね。もう運命ですね。

橋本 東京で受けたから当然東京撮影所の配属かとおもったら、京都の撮影所に配属させられて、泣く泣く京都に行った(笑)

松枝 でも東映京都撮影所に勤められるなんてうらやましい限りですね。

橋本 たしかに、そうかもしれないですね。京都についたら、すぐ上の先輩と言って紹介された人がもう20歳以上年上のおやじと同い年ぐらいのおじいちゃんたちで(笑)

松枝 すさまじいですね(笑)

橋本 名前を言っても、東映マニアじゃなきゃわからないかもしれないけど、「ラグビー野郎」(1976)とか「学生やくざ」(1974)とかを監督されていて、五社英雄監督の「鬼龍院花子の生涯」(1982)や「陽暉楼」(1983)なんかでチーフをやっている清水彰さんとか、中島貞夫監督の「893愚連隊」でチーフデビューして以降ずっとチーフをやっている藤原敏行さんとか、「日本女侠伝 鉄火芸者」(1970)なんかで山下耕作さんのチーフをずっとやっていた俵坂昭康さんとか、「吉原炎上」(1987)や「肉体の門」(1988)や「226」(1989)なんかで五社英雄監督のチーフをやられている鈴木秀雄さんとか、名チーフ助監督がずらりといて(笑)

松枝 とんでもなく羨ましい環境ですね。僕はなによりも東映の60年代、70年代の任侠ものが大好きで五社さんとかも大好物なんですが、そういうプロの現場についていた助監督がたに映画のイロハを教わるなんて、これはもう夢のような環境ですね。

橋本 いや、もう、本当にそうなんです。それに、いまと違って、そのころは時代劇の撮影が沢山あって、毎日目が回るほど働いていましたが、現場は色んなことが起きて楽しかったし、沢山経験できました。そこで学んだのは、撮り終えた後に編集でどうこうするんじゃなくて、現場の創意工夫で解決するという方法でしたね。俳優やスタッフが準備してきたものを、お客さんに観せるために、どうやって効率よく切りとって盛り付けるかを学びました。

松枝 だからなんですね。「探偵はBARにいる」なんかを見ても、橋本さんの映画はかつての東映の血を受け継いでいるなと非常に感じる。見せるために考え抜かれている。なにより橋本さんの映画やドラマはテンポが良い。小気味イイとは橋本さんの作品のためにあるような言葉です。無駄がない。切れ味抜群です。

橋本 そう言ってもらえると大変うれしいです。先輩たちの現場から学んだものです。常に僕の頭にあるのは「どうやってお客さんを楽しませるか」ということです。時にお客さんを忘れてしまうような芸術映画もあると思うんですが、もちろんそういう映画があってもいいんですよ。でも僕はお客さんを楽しませたいと思っています。

松枝 ちなみに、橋本さんは、あの長寿番組「相棒」のディレクターで、先のシーズンからは、全体を統括するシリーズ監督になっているし、今年2月に公開された劇場版の「相棒」の監督もやられている。そんな大監督にうちでワークショップをやっていただけるのは大変光栄なことだし、とても嬉しいんですけど、でも、どうなんですかね、ワークショップに来る無名の子たちが橋本さんの監督するメジャーなドラマとか映画で活躍できるような感じがしないんですけど(笑)だって、ほら、もう主演とかそういうのはビッグな人たちだから。

橋本 たしかに、相棒の劇場版とかではそうですね。ただ、テレビシリーズだと話数もあるし、出てもらえる場所は、そこそこ大きな役でも結構あると思います。魅力的な人なら、積極的に使わせてもらいたい。というか、ワークショップと言うのは、そういう出会いを求めてするものだと思っていますし、僕はそのつもりです。

松枝 実際、これまでワークショップをされたこともあると思うんですが、良い出会いと言うのは、ありましたか?

橋本 それはありますよ。「相棒」テレビシリーズにも出てもらってますし、映画でも結構出てもらっています。

松枝 「相棒」は男臭いイメージがあるのでやはり、男中心になりますかね?

橋本 でも人間の世界を描くんですから、若い女の子もおばさんも出てきますし、男ばかりだとドラマとしてパターンが限られてきてしまう。テレビシリーズだと話数が結構ありますから、いろんな話が必要ですから、老若男女問わずいろんな人に来てほしいですね。

松枝 経験はどうでしょう?

橋本 と言いますと?

松枝 いや、橋本さんの現場はたぶんプロフェッショナルだと思うんですよ。経験の少ない俳優とかは足手まといになっちゃうのかなって。

橋本 そんなことないですよ。経験されてる方がガチガチになったり、壊れることもありますからね。「相棒」とかでは、試しにやってみようというので、あまり映像経験がないって人もかなり出てもらいました。ただやっぱり、何にもやったことがないって人は怖いですけどね。というか普通テレビでも映画でもそういう人は使わないですよね。オーディションですべて選ぶ映画もありますけど、僕のやっている映画は時間が限られているものが多いので、手取り足取り2週間でという訳にはいかないから、現場のことは少しぐらいは知っていて欲しいかも。

松枝 しかし、どうやって勉強すればいいんですかね?現場のことを。

橋本 トートロジーになってしまうかもしれないんですが、現場のことを学ぶにはやっぱり現場に行くしかないんだと思うんです。場数ですね。現場で学べることは本当に沢山あります。昔は自分のシーンが終わっても、他の人のシーンを見てる人が多かったけれど、最近では空いてる時間は控え室で待ってるというのが普通になっている。現場で何が起こっているのかをちゃんと見ている俳優は今ではほとんどいなくなりましたね。昔はよく見て盗んでたんですよ。かっこいい着物の着方にしても何にしても先輩俳優から盗んでた。やっぱりトップの芝居を見なきゃだめですよ。そういうところにヒントが山ほどあると思いますし、僕らも撮影所で年配のベテラン俳優たちの芝居を見てることが多いのですが、やっぱりそこには捨てられない何かがあるんですよ。

松枝 でも、ほら、ちょい役とかで出演とかの未経験者だと現場の邪魔になっちゃうんじゃないかと気をまわして、なかなか現場で「次のシーンわたし関係ないんですけど、見せてください」とか言いづらいのかも。

橋本 わかりますよ。でも、邪魔だったら邪魔だと言いますし、言ってみたらいいじゃないですか。見せてくださいって。俳優として学びたいんですって。そう言ったら見せてくれる現場多いと思いますよ。僕は見てもらいたいですね。そうしないと現場のことがわかる俳優になってもらえないし。俳優たちが学んでくれないと困るのは僕ら現場なんですから。

松枝 そう言ってもらってうれしいです。これ読んだ奴ら、みんな現場で居残りさせてもらうようになっちゃうかもしれませんよ(笑)

橋本 みんなやったらいい。ぜんぜん受け入れますよ(笑)

松枝 ところで、橋本さんにとって、俳優ってどういう存在ですか?

橋本 「思ってもいないものを持ち込んでくれる人」ですかね。

松枝 思ってもないものを持ち込んでくれる人?

橋本 僕はよく俳優に、現場で冗談半分に言うんです。「あなたのほうがこの役についてよく分かっているでしょう」って。半分は冗談ですけど、でも半分は本気なんです。俳優は与えられた一つの役について考え抜いてくるわけじゃないですか。タバコの吸い方にしろ、他人との距離感にしろ、日々のこだわりにしろ、どんな本を読んで、どんなふうに風呂に入るのか、朝起きたら最初に何をするのか、嘘をついたらどういう態度でそれを隠すのかとか、自分の演ずるべき役については考え抜いているはずなんです。一方で、監督は色んなことを考えなければいけないから、その役について考え抜いているという点において俳優に勝てるわけがない。だから現場で、僕が「思ってもいなかった」アクションを俳優がしてきて、「そこまで考えてきたか!」「それ使わせて頂ます!」って思わせてもらえたら僕は幸せですねえ。逆に、こちらが考えているレベルにも達していなかったら、「ちょっと!あんたなにしてきたの?」ってなっちゃいますけど。

松枝 なんでしょう、具体例ってありますか?俳優がこんなのもってきたっていう。

橋本 思い出すのは、「探偵はBARにいる」の松田龍平くんですね。龍平くんがやってくれたあの役は、原作もシナリオも、探偵と対等に口が立つ印象なんですね。で、探偵と助手でポンポンポンポン掛け合いをするみたいな感じだったんですよね。

松枝 え!そうなんですか(笑)、ぜんぜん違いますね。

橋本 そう言うイメージで居たのに、初日に龍平くんがもってきたのは、あのキャラだったんです(笑)。掛け合いでポンポン会話するよりは、どっちかというと、ひとこと言ったらだいぶ間があって、あれセリフ忘れちゃったの?というようなタイミングで返事が返ってくるような(笑) でもそれは僕らの想定したものとは違ったけど、あれがまた良かった。ほんとうに面白くてねえ(笑) もう、これで行こうと思ってやっていたら、プロデューサーが心配してたようなので「大丈夫です。本人も考えてきてないわけがないし、そのうえで持ってきたキャラですし、実際、おもしろくなっていますから大丈夫です」と言って、そのまま進みました。

松枝 しゃべくり漫才のように弾丸のようにしゃべる面白さがバラエティの面白さだとすると、あの龍平くんのモサっとした感じは、だいぶ映画的な面白さだという気がします。

橋本 もちろん、しゃべくり漫才のようにやる方法だってあったんですよ。でも、龍平くんが持ってきたもののほうが僕には面白いと思えた。

松枝 僕はあれで良かったと思います。

橋本 僕の基本的な考え方として、俳優に限らず、カメラマンや衣装さんや演出部とか、それぞれのアイディアを尊重したいんです。尊重というか、考えてきているはずなんですから、その道のプロとして。で、そのみんなが出してきたものを、監督である僕が取捨選択するということだと思っているんです。

松枝 なるほど

橋本 もちろん、そういう考え方をするから、映画にいまいち「橋本色」が出ないなんて言われることもあるんですけど。もちろん、あまりにイメージが違う場合は、話します。そこはそういうイメージじゃないんだということはちゃんと話します。しかし、持ってきてくれたものが面白いのなら、それに乗っちゃったほうが、全部に監督の考えを浸透させるよりも良いものが出来ると思っています。もちろん、それは僕の場合で、全部に監督の意見を浸透させないと嫌だみたいな人も居ると思うんですよ。それはそれでありだと思いますが、僕の場合はそうだというだけで。

松枝 俳優部も他の部も、平等に、その部門のプロで、それぞれ考えて来たものをちゃんと提案してほしいということですね。

橋本 「探偵はBARにいる」の脚本家の古沢良太さんがいいこと言っていて。「俳優は監督の奴隷だとか、スタッフは監督やプロデューサーの奴隷だとか言うけど、違って、監督やプロデューサーや俳優もみんな、おしなべて等しく、作品に仕えている奴隷なんだ」(笑) 本当にそうなんですよね。だから、作品のために、奴隷たちみんなで捧げものを持って集結できるといいなと思っているんです。監督は、「この捧げものは腐っておるな」とか言って取り除いたりして、ちょっとだけ捧げものを選ぶ自由があるというだけで、作品にとってはやっぱり奴隷なんです。

松枝 だから、俳優には自分の役を誰よりも考えてきて、作品の奴隷として、自分なりの捧げものを持ってきてほしいということですよね。

橋本 そうなんです。だって、監督は何のアイディアもないかもしれないんですよ。その役のことを考えてきて居ないかもしれない。主役のことばっかりで手一杯かもしれないんだし、それ以外のことで頭がいっぱいかもしれない。でも、自分がその役を演じるんだから、自分がその役を守らないといけない。その役をちゃんと生かしてやらないといけない。監督に言われるのを待つのではなく。

松枝 最近、ワークショップを運営する者として、参加者たちに不満があるんですけど、つまり、参加する俳優たちが餌を待つ鯉みたいになっているんですね。パクパク口を開けて待っている。監督がガツンと言う人だったりすると、しゅんとなって生徒になっちゃう。俳優初心者を育てる学校みたいなものも世の中にはあると思うんですけど、僕のワークショップは学校ではなくもっとプロ意識を持った人たちの集まりにしたいんです。それが最近どうも物分かりの良い人たちの集まりになっている。

橋本 物分かりの良い人は僕嫌いじゃないんですが(笑) でも、おっしゃることはわかります。監督に言われるのを待つ俳優は一番使えませんね。

松枝 監督に言われるのを大人しく待つって言うのは一見謙虚のように見えますけど、準備も提案もせずに監督の前に立つという意味では謙虚の真逆、不遜なんだと思うんです。ちゃんと準備をして、俺はこうなんです、私はこうなんです、という提案がないといけないと思うんです。

橋本 ワークショップは出会いの場だと考えていると言いましたが、ほんとうにそうで、やっぱり思うのは、個性を持ってきてほしいということです。どこかでみたような通り一遍の芝居を見せられても「はい、そうですか」としかならない。

松枝 個性って出そうと思っても出ない。というか、出そうと思わなくても出てると思うんです。なのに個性が出ないというのは、自分からつぶしにかかってるからだと思うんです。良い子で居ようとか、ここはこうあるべきみたいな常識論というか一般論で自分を捻じ曲げてしまうから、個性がつぶれてしまう。みんな個性はあるんだから普段生きているように生きれば個性が出ないはずがないと僕は思っています。

橋本 たしかに、逆に個性を出そうとすると変な物だしちゃったりしますからね(笑)

松枝 だから、橋本さんのワークショップに参加する人には、ふつうに俳優として考え行動する人が来てほしいと思っています。そして、橋本さんの現場に呼んでもらって、そこで経験をし、また龍平くんみたいな人と現場で会い、そういう先輩たちから俳優としての姿勢を学んでほしいなと。

橋本 そうですね。まずそれを始めるためにも、今回のワークショップで出会わないといけないですね。いろんな人と出会えるのを楽しみにしています。

2017年6月7日、新宿三丁目にて

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