渡辺謙作監督インタビュー

以下のインタビューは2022年7月の渡辺謙作監督WS開催に向けて行われたものです。聞き手は、アクターズ・ヴィジョン代表、松枝佳紀(まつがえ・よしのり)です。

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松枝:謙作さんの最新作である映画『はい、泳げません』観させていただきました。大変面白かったです。まずは、この映画の企画がどう立ち上がったのか、その経緯を教えてもらってもいいですか?  

渡辺謙作監督:だいたい10年くらい前かな、原作を手にして、面白いなと思って、映画にしようと思ったんだけど、ただ原作はノンフィクションで、泳げない男がスイミングスクールに通うっていう話で、「なぜ通うか」という動機が書かれていなかったんですよね。で、映画にするなら「なぜ通うか」は必要だなと思って考えた。なぜスイミングスクールに通うのかって。

松枝:なるほど

渡辺謙作監督:実は、俺も泳げないんですよ。でも泳げないってだけでは、なかなかいまさらスイミングスクールに通ったりはしない。だけど、たとえば、かつて自分の子供が水難事故にあったことがあったとして、自分が泳げなかったばかりに助けられなかったという過去があったとして、そんなときに、あたらしく人を好きになったとして、その人にかつての自分の助けられなかった息子と同じぐらいの子供がいたとして、自分がその子の親になる可能性があるとしたら、もしかしたらスイミングスクールに通うかもしれないって考えたんですよね。そう思ったときに、今回の話が出来上がりました。

松枝:今回の映画は『花束みたいな恋をした』のプロデューサーでもある孫家邦さんのリトルモアで制作されているじゃないですか。最初っからさんから映画化前提でもらったお話だったりしたんですか?  

渡辺謙作監督:いや、そうじゃなくて、最初は別のところで映画化しようって思っていたんですよ。で、本も自分で書いて。でも、そんなときにさんに最近どういうのやってんのって聞かれて「泳げない男がスイミングスクールに通って泳げるようになる話を作ってる」ていうのは言っていて。で、だいぶ時間がたった後、さんに「あの話どうなってんねん」って聞かれて「いや全く進んでません」って言ったら「じゃあウチでやるか」っていう感じで、さん所でやるのが決まりました。それが4、5年前くらいかな。

松枝:じゃあ『花束みたいな恋をした』よりも前なんですね。キャストは撮影が近くなってから決めたんですか。

渡辺謙作監督:そもそもさんは長谷川博己さんと以前から知り合いだったみたいで、さんが長谷川さんとメシ行ったときに、長谷川さんに「さん最近何されてるんですか」って聞かれたときに、「泳げないおっさんが泳げるようになる話をやってる」って言ったら、なんと長谷川さんが「え!それってこれですか?」って、今回の映画の原作本をカバンから出してきたらしいんだよね。

松枝:え、偶然同じ本を持っておられたんですか?

渡辺謙作監督:そうらしい。で、さんは、これも何かの縁だと思って、そんときに持っていた俺の書いたこの映画のシナリオを長谷川さんに渡したらしいんだよね。で、長谷川さん、大河ドラマ『麒麟が来る』とかやって忙しくなって、あとコロナもあったから、時間が開いてしまって、で二年ぐらいたってから、シナリオ読んでくれたみたいで、「読み返したらやっぱり面白いからやりたい」と言ってくださったらしくて、それで、主演は、長谷川博己さんに決まりました。  

松枝:理想的な映画のはじまりですね。綾瀬はるかさんはどうだったんですか?

渡辺謙作監督:綾瀬さんは結構ぎりぎりに決まりました。これもさんがホリプロのマネージャーさんとご飯食べてるときに「綾瀬8月空いてるんですけど何かないですか」って聞かれたらしくて、その場でさんから俺に電話がかかってきて、それはもう行くしかないでしょって感じで「もちろんお願いします」と返しました。

松枝:綾瀬さんの不思議なスイミングスクールの先生は非常に面白かったです。しかし、主人公の再婚相手である奈美恵役を演じた阿部純子さんと、元妻役を演じた麻生久美子さんもとても良かったです。

渡辺謙作監督:そういってもらえると嬉しいけど、お二人とも原作に無い役なので、お二人にはだいぶ負担をかけてしまったんじゃないかと、申し訳なく思っています。とくに阿部純子さんには負担をかけてしまいました。実はラストの床屋のシーンだけ撮り残ったままコロナで撮影が中断されたんですけど、その間に彼女は大阪で主演舞台をやることになっていて。撮影を再開した日の2日前まで彼女はその舞台をやっいたから、役を戻すのが大変だったみたいで、しかもあの撮影には子役が居たので、8時には終わらせなければならなくて、余裕もなかった。コロナがあったとはいえ、役を戻すのが大変なうえに、焦らせるようなスケジュールを作ってしまって配慮が至っていなかったと、彼女のマネージャーさんと「お互いにケアが足りませんでしたね。反省ですね」って話したりして。

松枝:そんなことがあったんですね。でも、僕は彼女の演技すごく良いなと思いました。その最後に再撮された床屋のシーンも感動させられました。

渡辺謙作監督:そう言ってくれる人が多いんです。阿部純子さんが良かったと言ってくれる人が結構いて。彼女は映画の中でだんだん変化しているんですよね。それに合わせて撮り方も変化していっていて、最後はアップが多くなっていく。だからラストの床屋のシーンなんて、ごまかしようもないぐらい彼女が映っていて、コロナによって間が空いたことが失敗だったと思っていましたけど、お客さんの反応を見ると、むしろ、あれが良かったのかもしれないと思うぐらい、最後の阿部さんのあの演技に関する評価は高くて、そういうことはあるんだなあと思ってます。

松枝:あえて不満を言うと、たくさん女性は出て来るけど、結果としてこの映画は男性目線なのかなあと思ったりしたところですかね。

渡辺謙作監督:それには自覚があります。この映画、男性には、父親としての視点とか、グッと来てもらえたりはしているんだけど、女性には、女性が「男が成長するためのパーツ」として配置されているように感じられちゃうのかもしれないという危惧は持っています。

松枝:やっぱり男性監督は男の目線で撮るしかないんですよね。女性にはなれないから。韓国映画なら、多分、女性目線を取り入れるために脚本家が女性だったり、プロデューサーが女性だったりする。そういう風に、韓国映画はバランスを取っているのかなと思います。

渡辺謙作監督:それは俺も思いました。例えばプロデューサーとかチーフ助監督とか、力のあるポジションに女性に入ってもらわないとダメなんだなって。

松枝:本当にそう思います。女性のことを分かりもしない男性に想像で女性を描かせるのじゃなくて、女性が監督をやるか脚本家をやるか、ちゃんと女性のスタッフを入れるなり、女性にインタビューするなりなんなりして、女性の本当の姿、本当の言葉を映画に入れていくことを意識してしていかないといけないと思います。男性の描いた男性にとって都合のいい女性を見た人が、女性を誤解していくのを止めたい気がしています。

渡辺謙作監督:それは本当に最近思います。

松枝:話は変わるんですが

渡辺謙作監督:はい

松枝:今回、謙作さんに俳優のためのワークショップをやってもらうんですが、謙作さんが俳優に求めるものって何ですか?

渡辺謙作監督:独自に考えることをしてもらいたいと思っています。

松枝:と言うと?

渡辺謙作監督:まず、映画監督、演出家というのが、映画という答えのない世界で唯一答えを持っている存在だと思っています。だから、必然的に現場で俳優は、演出家の考えに自分を合わせていくことになるんだと思うんです。でも、だからと言って、俳優は演出家の言いなりになるべきかというとそうじゃない。時には、演出家と対立するような考えを、演ずる登場人物に関しては持っているべきで、演出家にとっては邪魔にも思える異なるアイディアを持っていてくれることが、逆に演出家を助けることもあるわけです。だから、俳優たちには、そういう感じの、演出家にとって頼れる人材であって欲しいと思うんですよね。だから、今回のワークショップでは、参加してくれるみんなの、どう自分なりの考えを持てるのかの能力を見てみたいし、どう表現すればいいのかの自分なりの方法を発見して行ってもらいたいと思っています。

松枝:俳優が独自の考えを謙作さんのイメージに付与したような、そういうことに関する具体的な事例とかはありますか?

渡辺謙作監督:『はい、泳げません』で言えば、撮影の初日が、長谷川博己さん演ずる小鳥遊の大学での授業のシーンだったんだよね。でもその時の長谷川さんの芝居が全く想定外だった。ぱっと見、なんだか冷たく見えた。上から目線みたいな印象があったんです。俺は観客に感情移入してもらいたかったからもっと柔らかい感じの人を想定していて。でも結果としては長谷川さんが選んだように「空気の読めない、冷たい感じの大学教授」として小鳥遊を描いたほうが、最初は観客に「この男変な奴」と思われてしまうかもしれないけど、結果として「生き方の下手な男が精いっぱい息子を愛していたにもかかわらず守り切れなかったことの後悔を深く抱いている」って見えるだろうと思って、なるほどなと思って、そのまんまの感じでやってもらったというのがありますね。

松枝:そうやってあの小鳥遊の演技はできていたんですね。空気の読めないオタク気質の大学の先生としてのリアリティーがとてもあった。小鳥遊が表面的に嫌な感じの人であるからこそ、深いところに隠している彼の悲しみにアクセスできた気がします。

渡辺謙作監督:そういうこともあるので、俳優には、演出家の懐刀として、独自の考えを持っていて欲しいと思っているんです。それは俺以外の監督の現場でも使えるし、いろんな監督に重宝される俳優になるための重要なスキルだと思っています。なので、今回のワークショップでは、参加してくれる人たちの「独自に考える力」を見極め、その力を伸ばすことができるようなことをしたいと思っています。

2022年6月23日 下北沢にて


以上のインタビューは2022年7月の渡辺謙作監督ワークショップに向けて行われたものです。ワークショップの詳細は次のリンクからご覧ください。
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http://actorsvision.jp/?page_id=2325