水田伸生監督インタビュー2016

松雪泰子さん・芦田愛菜さん主演のドラマ「Mother」、満島ひかりさん・田中裕子さん主演のドラマ「Woman」、広瀬すずさん・田中裕子さん主演のドラマ「anone」、新垣結衣さん・松田龍平さん主演のドラマ「獣になれない私たち」など傑作ドラマを作り続けている日本テレビ水田伸生監督へのインタビューです。 2016年8月の ワークショップに先行して行われたインタビューですが、水田監督が、普遍的で、示唆に富む、お話をされていますので、ぜひご一読ください。インタビュアーはアクターズ・ヴィジョン代表のマツガエです。(現在、2021年9月の水田伸生監督WS参加者を募集中です)
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マツガエ:水田伸生監督の演出される映画もドラマも、俳優が本当に作品の中で生きている。そのように俳優を「生かす」にあたって、監督が俳優に一番もとめる能力ってなんなんですか?

水田:映画でもドラマでも土台はシナリオです。だからシナリオを読めないと何も始まらない。故に俳優にとって一番大事な能力は「読解力」だと思います。自分が演じる「部分」が作品全体の中で「どのような役割を果たしているか」、自分の演じる「役」が作品の中で「どのような役割を果たすべきなのか」を理解できることが、俳優にとって一番重要です。

マツガエ:これまででキャスティングした俳優が「読解力」がなくて大変だったというようなことはあったりしますか?

水田:例えば子役はシナリオ読解なんて出来るわけがないんです。「Mother」というドラマで一緒にやった芦田愛菜ちゃんは、今でこそ沢山の作品を経験していますが、その時はカメラの前でセリフを言うのすら初めてだったんです。そんな子供がシナリオ読解なんて出来るわけはない。

マツガエ:そういう時はどう指導されるんですか?

水田:子役はみんなそうですが、お母さんが家庭内の演出家なんです。だから、お母さんに正しくシナリオを理解してもらうことが大事なんです。

松枝:なるほど

水田:子役をキャスティングすると、そのお母さんと一緒にシナリオを解釈する日を設けます。そこでお母さんにリーディングをしてもらうんです。そしてシナリオに対するお母さんの解釈を聞かせてもらって、それを修正するっていう作業を丹念にやるんです。

マツガエ:そんなにまめなことをするんですね。素晴らしいです。しかし、一体その子役指導の方法は水田さんが思いついたことなんですか?

水田:これは鉄則ですね。僕が助監督の時から思っていたことです。やっぱり子供って、母親に言われたことが絶対なんですよ。母親に「こうしろ」とつけられた芝居は呪縛のように解けない。だから母親に変な演出をされることをまず避けなくてはいけない。それで苦労している先輩をたくさん見てきましたから。でも「家で稽古してくるな」なんて言っても無理なんですよ。稽古してしまう。じゃあどうするかと言うと、正しい解釈で母親が子供に稽古をつけられるようにするしかない。それには母親の読解力を上げておくことが最重要なんです。だから、「Mother」の時は、芦田愛菜ちゃんとお母さんに住んでいた兵庫から私の自宅の近くのマンションに引っ越してきてもらった。

マツガエ:引っ越してきてもらったんですか!徹底していますね。

水田:連ドラでしたし、長丁場でしたので、そのほうがよいと判断しました。

マツガエ:本当に徹底していますね。水田さんのドラマにおいて描かれる人間が本当にそこに生きている理由がわかるようです。ちなみに「読解力」のない大人の俳優を使わなければならなくなるようなことは、もしかしたら水田作品では無いのかもしれないのですが・・・

水田:いやいや、ありますよ、そういう時も…ごく稀に。

マツガエ:そういう時はどうするんですか?

水田:大人の俳優には「隣に引っ越して来い」なんて言うわけにいかないから、さすがにそれはしませんが、キャリアが浅くて心配な場合は、必ず事前に「お稽古」と称して来て頂いて、実際には芝居の稽古はしないで、あなたが担っている役の役割、あなたが出ているシーンの作品全体における役割などについてじっくりと話をするんです。

マツガエ:やっぱり丁寧ですね。現場での演出が「調理」であるとすれば、その前の、仕込み段階の「下ごしらえ」をいかに丹念にやるかが重要という水田さんのお考えがよくよくわかります。ちなみに、料理で言えば、素材を仕入れることが、たとえばオーディションであるというように思うのですが、水田さんがオーディションでキャストを採用するときに、もっとも重要視していることって何ですか?

水田:オーディションって、コンテストではないんです。どの俳優が優秀かを決めるわけではない。大事なのはシナリオが求めている役を演ずるにふさわしい人を選ぶことです。

マツガエ:作品本位であると。まあ、考えれば当然ですよね。

水田:しかし、オーディションにはもう一つ大事な側面があると思っています。

マツガエ:それはなんですか?

水田:僕にとっての、俳優の記憶の財産を増やすことです。

マツガエ:どういうことですか?

水田:いままさにオーディションをやる作品にその人のキャラクターに合った役がなかったとしても、将来的に別の作品に出演していただけるかもしれない。だから、ちゃんとその人と会ったことは記憶の財産として残しておいている。なので、そのためにも、その人がどんな人かを知っておく必要があって、いま取り掛かっている作品でご一緒できないということが分かっていても、それなりに時間を割いてお話しするようにしています。

マツガエ:どのようなことを話されるんですか?

水田:特段の狙いがない限り課題は設けないで、とりあえず雑談をします。そうするとだいたい、その人の気立てと、知識レベルと、リズム感なり、運動神経がわかってしまう。

マツガエ:人間がわかる。

水田:俳優と演出家も人です。なので、必ず相性が存在するんですよ。ある役を決めねばならない場合に、その候補が何人かいるとします。その役に最もふさわしい人をと当然考えますが、しかしどうあっても必ず僕の好みが反映するんです。それは致し方無い。むしろ、そういう人を選びます。なぜなら好きな人を選ばないと悔いが残る。

マツガエ:どういうことですか?

水田:この人好きだなって思ってやって、上手くいかなかった場合は、それは僕の演出力に問題があるなって思えるんだけど、この人違うかも?…と思いつつもプロデューサーに押されて使ってみて、案の定、ダメだった場合、とても悲劇的な気持ちになる(笑)

マツガエ:それは俳優と演出家に限らないことですね。僕も合わない監督とうまく行ったためしがないです(笑)ところで、僕は、満島ひかりの初舞台の脚本演出をしているんです。

水田:そうなんだってね。

マツガエ:それから彼女が女優として売れるまでの時代に、3本、舞台を一緒にやっていますが、なかなか彼女を超える才能に出会ったことがない。水田さんも、満島ひかりを「Woman」で抜擢しています。僕はそのころの彼女の舞台や映画をあまり褒めないので、彼女には「毒舌男」と呼ばれていたんですが、あの「Woman」は素晴らしくてもう絶賛しかなかった。彼女は「子役たちに助けられている」と言っていましたが、水田さん、あのドラマではどうして満島ひかりを主演にしようと思ったんですか?

水田:ひかりちゃんとはその前にもやっていたんで、潜在能力は感じていたつもりなんですけど、あの時は、脚本家の坂元裕二さんが、どうしてもひかりちゃんでやりたいと言ってきて。しかし、会社は大反対ですよ。やっぱり主演経験がなかったんで、特に営業筋は大反対ですよ。

マツガエ:そうなんですか!意外です。いま満島ひかり主演で反対するなんてなかなかなさそうですが、あの時はそうだったんですね。しかし、その大反対の中どうやって彼女を主演にしたんですか?

水田:彼女を起用することが作品にとってどれほどメリットがあり、今後どのようなメリットが生じる可能性があるのか、あの手この手を使って説明しましたね。

マツガエ:あの満島ひかりでさえ、そこまでしないとダメだったんですね。しかし、そういう意味でも、水田さんはいま売れているとかそういう安易な資本主義的な観点で俳優を起用していないのがすごいと思います。キャスティングからすでにクリエイティブです。さっきの、子役の演出のことでもそうですが、楽をせず丁寧に本質的なことちゃんとやっていくという姿勢は、この業界に入る前から水田さんご自身本来的に持っている姿勢なんですか?

水田:そんなに社交的な生き物じゃないんで。かといって引っ込み思案でもない。部活ではキャプテンもやるし、学校では生徒会長もやる。でも好き嫌いが激しくて、嫌なものは嫌と言ってしまうから角が立つ。社交性が高くない。

マツガエ:僕的には、社交性高くないというのが、クリエイティブな仕事に向いているという気がします。俳優もそうだと僕は思っていて、監督やプロデューサーたちにお酒を注ぐのが上手い俳優って僕は好きじゃないんですよ。

水田:あははは(笑)俳優に酒を注がしちゃダメだよね。俳優と監督は対等だしね。マイペースでいい。僕も人に注がれるの嫌いだし。

マツガエ:クリエイティブな仕事をやっている人が、お酒を自動的に注がれる、注ぐっていう作業に我慢できているのがおかしいと思うんです。行為は自動的に行われるものではなくてもっと繊細なものであるべきです。自動行為の違和感に気づくべきなんです。だから、俳優も監督も、日本的な自動行為に疑問を持ち、逆らって生きているやつらのほうがおもしろい気がします。

水田:そういえば、僕の母親がだれかに酒注いでるところ見たことないし、父親もそういうのは嫌ってたなあ。だから僕は日本的なコミュニケーションみたいなのあんまり体験してないかもしれない。

マツガエ:それがいいんですよ!絶対的に!

水田:僕はなんにも深くは考えてないですけどね。

マツガエ:ご両親がそうだったわけじゃないですか、だから、そういう血筋が、水田さんがクリエイティブなことを実行し続けてきた背景にあると思うんです。

水田:環境はありますよね。親から受ける影響は小さくないですよね。

マツガエ:WSでたまに俳優から聞かれるんです。「どうやったら変われるんでしょうか」とか。そういう時に僕は、親変えたほうがいいんじゃないかって答えます(笑)。親を変えるというのは半分冗談としても、友達とか、バイトとか、普段の7割8割を占めるそういう日常的な人たちの時間を変えないと変わるはずがない。

水田:恋人変えるのは手っ取り早いかもしれないね(笑)。

マツガエ:最近の若い俳優たちについて思うこととかありますか?

水田:ゆとり世代じゃないけど、物事をあんまり疑わない、受け入れてしまうというか。そういう風潮が今ある気がします。政治のこととかについて話すと。それは芝居についても同じで、シナリオに対しても、受け入れて読んでしまう。こういう話に違いないと決めつけて保守的に読んでしまう。だからワークショップでは、せっかくだから、シナリオを疑うこととか、あるいは同じキャストで同じシナリオでやっていても最後の1行を変えるだけでこんなに変わってみえるとかそういうことを一緒に試せたりするといいと思っています。

マツガエ:あぁ、いいですね。唐十郎さんとか誤読を勧めるじゃないですか。僕の感覚では、誤読を怖がっている人が多すぎると感じています。同じシナリオを10組やったら10組似たようなことになっちゃうみたいなことが多い。選ばれたくて、正解を出したい。正解を出したいという気持ちが無難な芝居をさせる。選ばれたいのに無難な芝居をしてしまう。結局選ばれない。選ばれたい気持ちが逆説的に選ばれない原因を作っている。みんな、もっと自分に誤読を許せばいいのになって思っています。

水田:今度のワークショップをそういう場所にできるといいですね。

マツガエ:あの、ここにきて根本的なことが聞きたいんですが。

水田:なんでしょう?

マツガエ:俳優って何ですかね?

水田:表現者ですよね。だから、役がなければ役者じゃないとか、キャスティングをただ受動的に待つとか、シナリオがないと一歩も動けないとか、揶揄する言葉はあるけども、実はそうじゃなくて、シナリオとは、画家にとっての筆と絵具にすぎない。大事だけど、筆や絵の具がないからって画家が芸術家でなくなるわけじゃない。同じように俳優はセリフがあるなしにかかわらず、作品をやっているやってないに関わらず表現者なんだと思う。だから優れた俳優は、シナリオやセリフや役が与えられる前から、固有のパッションを持っている。シナリオがそれを明らかな形で外に出すことを手伝っているだけで。さらに言えば、シナリオ一冊あったところで、それに対する俳優のあり方っていうのは一つじゃない。相手が変われば変わるし、ひょっとしたら撮影日が変われば変わるし、天候によっても変わるかもしれないし。

マツガエ:では例えば、俳優がやった芝居が素晴らしいけど、脚本の意図している結論と異なるシーンになったとします。そうなったとき水田さんはその素晴らしいシーンを採用しますか?

水田:しません。それはNGです。

マツガエ:だめなんですね。脚本通りじゃないからですか?

水田:通りじゃないっていうか、意図してるところからずれたらNGですね。やっぱりそのシーンの目的から外れるとNGです。

マツガエ:じゃ、俳優たちの芝居がそのシーンの目的に合致しているんだけど、脚本に書いてあるものより良くなっていることはありますか?

水田:ありますよ。脚本を超えてしまったがゆえに他のシーンに影響を与えるケースもありますよ。それが、順撮り(最初のシーンから順番通りに撮ること)だった場合は後から撮るシーンを修正すればいいし、すでに撮ったシーンに影響を与える場合はすでに撮ったシーンをリテイクするか、あるいは今のシーンを編集でどこまで使うかを考える。映像の演出家ってみんな仕上がりのイメージを持ってる。ポスプロを意識してやってる。準備段階からそうなんで、シナリオがどうあっても、編集点っていっぱい用意して撮っているもんですよね。

(2016年7月11日、新宿三丁目にて)

現在、水田伸生監督による俳優のための実践的ワークショップ2021参加者募集中です。詳細は次のリンクをクリックしてください。
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