枝優花監督インタビュー2020

本インタビューは、これからアクターズ・ヴィジョンで行う「枝優花監督による俳優のための実践的ワークショップ2020」に向けて行われたインタビューです。2020年新型コロナウィルス感染の流行による環境変化を経て、枝優花監督がどのようにして映画やドラマを作っていこうとされているか、2020年いま現在の枝優花監督が判ると思います。インタビュアーは、アクターズ・ヴィジョン代表の松枝(マツガエ)です。(1年前のインタビューはこちら→


松枝:(昨年取材をして未発表であった)インタビューの原稿、読んでもらえました?

枝優花:ええ、はい、なんとなく

松枝:あれは1年前のワークショップの告知の時に公開しなければいけない物だったのですけど、公開する間もなく、参加希望者が殺到してしまって、公開しそびれていた物ですが、枝さんがどのようにして映画監督になってどのようにして映画「少女邂逅」を撮ったのかと言うような基本的な来歴がわかるし、枝優花という監督を知る前提として読んでもらったほうが良いのかなと思って今回公開しようかなと思ってます。この一年間に枝さんのお考えが変わって、こんな昔の意見を出されても困るって言うならやめときますけども。

枝優花:大丈夫です、とくに変わってはいないので(笑)

松枝:良かった。で、今からするインタビューは、その後一年間の、つまり2020年の枝さんのことと、そしてこれからの展望みたいなものをお聞きしたいんです。

枝優花:なるほど

松枝:2020年というと、やっぱり新型コロナウィルスCovid-19の流行について触れないわけにはいきません。2020年に入るとCovid-19は世界中で猛威を振るい、3月には日本でも爆発的に感染者が増えて、ゴールデンウィークには非常事態宣言が発令されました。それにともない、映像業界も、密になることを避けるために活動がままならない状態になり、たとえば撮影が間に合わず、連ドラの放映がストップするとか、前代未聞の状態になったり、映像作家たちは、創作活動がままならない状態に追い込まれました。現在、またしても第三波がやってきている。映画や演劇の作り手たちも苦境にある。しかし枝さんの活動状況を見ると、映画こそ新作撮られていないものの、MVやテレビドラマなど、うらやましいぐらいに活動しているなというように見うけますが、それでもやはり、枝さん的にもコロナの影響は受けているんでしょうか?

枝優花:そうですね、なんか、全部ずれ込んじゃっていて、上半期で終えるはずだった仕事が下半期までずれ込んできてしまっていて、それはたぶんみんなそうなんでしょうけど、毎年、年間計画を立てているというか、だいたい2020年にやろうということを考えたりするんですけど、単発でやろうとしていた映画とか、そういうのはわりと来年にずれ込んでしまったなという感じですね。いま放送しているドラマ「あのコの夢を見たんです。」も、本当は7月クールに放映のはずだったんですけど、1クールずれたので、来週まで仕上げが残っていたりとかそんな感じで、「あ、こんな冬までやってるとは」なんて(笑)、驚いたりしています。

松枝:なるほど。コロナ自体は枝さん的にはどうなんですか?

枝優花:自粛期間中、ずっと、メディアもそうですけど、みんな混乱していたじゃないですか、殺気立ってるというか・・・政府なんかの対応とかへの苛立ちもありつつも、自分たちの生活を守れるのかというような不安もあって、わたしはそうだったんですけど、おそらくみんなもそうだったんじゃないかと思うんですが、「穏やかでいたい」みたいな気持ちがどんどん強くなってきて・・・

松枝:たしかに。

枝優花:とは言うものの、私自身の創作の原動力になるのは、穏やかじゃない部分が大きくて、たとえばイラッとしたとか、なにかを許せないと思ったとか、そういう負の感情が原動力になっている部分があるので、コロナがあることで、そういう部分を持つと、普通の状況よりも結構しんどかったりしたので、映画を作るためには持っていなきゃいけない物を持ちたくないみたいな状態に、コロナのせいでなってしまって、映画制作をするには制作しづらい精神状態にさせられてしまったと言えるかなと思っていて、・・・でも下半期にはそれはだいぶ戻ってきましたけど。

松枝:枝さんの言う「映画作りに必要な負の感情」というのは・・・

枝優花:例えばですけど、政府のやり方に対するイライラとか、日本人社会の持っている改善出来ない部分に対する怒りとか・・・

松枝:それがコロナで一度に吹き出してきてしまった・・・

枝優花:そうですね、これまでちらほらと見え隠れしていた物が、コロナで一気に表面化してしまったというか、目に見えなくても判ってた政治とかの酷い部分があからさまに見えてきてしまったし、それに対して、みんないろいろ言うじゃ無いですか、そういうのでネットだったりがザワザワしていて、そういうのを見るのもしんどくなってきて、たぶん日常生活が普通に回ってたら、そういう物を見ても活力に出来るんですけど、日常生活がストップしてしまっているから、そういう負の情報をまともに受けてしまうと自分の中でバランスがとれなくなって一旦そういう物をすべてシャットアウトして「穏やかに生きよう」みたいになってしまって。でも本当は物作りをするというのは、わたしにとってですけど、戦闘態勢というか、そういうのが大事だったりするので、穏やかに生きようと思っちゃうのもやっかいだなと。

松枝:なるほど

枝優花:昨日、ある映画プロデューサーと打ち合わせしたのですが、はじめましてだったんですけど、結構挑発的な方で、喧嘩になったわけではないんですが、久々に戦闘モードに入ってしまって(笑)、こういうの大事だなと思い出したというか、私自身大人になってきていて、いろんなことと折り合いがつけられるようになってきていて、平和な気持ちも大事、戦ってばかりじゃなくてピュアなところで良い物作ろう、みたいなことに最近なっていたんですけど、やっぱり戦っていく気持ちも大事というか、戦闘モードにならないといけないってことを改めて思い出させてもらったんです。で、目指すのは創作に関するピュアな気持ちと、戦闘モードみたいなのとの、いいかんじのバランスというか、そういうのを持ってないと駄目だなあと昨日思ったんです(笑)

松枝:いいですねえ。ちなみに、その案件は映画ですか?

枝優花:映画です。

松枝:去年ワークショップでやった台本でしょうか?

枝優花:あれとはまた別のなんですけど

松枝:去年やったあの台本は、あれはもう是非とも観たい、問題意識の高いシナリオでした。あの企画は進んでいるんですか?

枝優花:わたしもやりたいんですけど、あれも、コロナのせいでやっぱりストップしていて、今月ぐらいからまた動き出す感じです。

松枝:枝さんって、これまでの作品はすべて脚本も枝さんですよね。でも、いま放映しているドラマ「あのコの夢を見たんです。」は、シナリオのクレジットが別のシナリオライターのお名前になっていて、それでもあんなに面白いのは、枝さんの面白さが、脚本の面白さだけじゃなくて、演出にも強くあるんだというのが、このドラマを見ると如実にわかるなと思っているんですが、どうなんですかね?

枝優花:クレジットは脚本家さんなんですけど、わりと最終的には手を入れてしまっていることが多いですね。現場用に書き換える、みたいなことなんですけど。

松枝:このドラマが面白いのは、仲野太賀という俳優が主演として全話出ていて、脚本家も何人かいますけどほぼ同じで、監督だけが違うということですね、つまり、監督の演出力バトルみたいなラインナップになっている。大九明子瀬田なつき松本花奈枝優花という、いまをトキメク女流監督たちが、同じ土俵でしのぎを削ることになるわけじゃないですか。

枝優花:たしかに(笑)、そう聞くとプレッシャーですね。

松枝:プレッシャーと言う意味では、ほかの監督もそうだと思うんですよね、枝優花監督と競わないといけない。そして枝さんの回は面白いですし。

枝優花:大九明子さん、瀬田なつきさん、松本花奈さんという監督たちとこんな感じで並ぶこともあまりないと思うので、非常に貴重な機会だと思っていますけども、今回のドラマでは他の監督の映像とかも、オフラインで見ることの出来るGoogleドライブがあるんですが、そこでずっと他の監督たちのオフラインを見ていて、面白いなと思ってて、というのも、仲野太賀という俳優がどの作品にも変わらずいる中で、こんなに監督によって違うんだ、仲野太賀という俳優が、と感じていて。

松枝:たしかに、こんなに仲野太賀さんを魅力的に思える企画もないですね、太賀さん自身が面白がって毎回やっているのが伝わります。

枝優花:今回、参加した時にすでに脚本があるっていうのも初めてだったんですけど、スタッフさんたちもほぼ全員初めましての状態で、みんなたぶん40代、50代の方たちで、そんななかでやるっていうのは、割と自分の中では挑戦でした。彼らに自分のやりたいことをどう伝え、どう具現化してもらうか、どうコミュニケーションとるかを、最初の一ヶ月ぐらいは、試行錯誤したのですが、その時間が大変ではあったんですけど、刺激的で、楽しかったですね。やっぱり、彼らスタッフが、どれだけ、わたしが作りたいものを理解してくれるか、わたしの頭の中を理解してくれるかが、創作の鍵だと思っているので。

松枝:自主映画の海から、ついに商業映画の地に上陸した感じですもんね。これから百戦錬磨のスタッフたちを味方につけて、大きな勝負に勝っていかないといけない。

枝優花:今回演出部がほぼほぼ40代の方たちばかりで、もちろん皆さんも普段はドラマの監督とかをやられていて、そういう方たちについてきてもらうのは、相当プレッシャーというか、「俺が監督やれば良いじゃん」って思われたらもうおしまいなので、そこをどう越えるかみたいなのをずっとやっていて。終わったあとに「俺たちは、自分が監督をすることにこだわっているわけじゃなくて、見たことがない景色を見たいだけなので、そこに連れて行ってくれる監督がいるのなら、その監督のことを全力で支える」みたいなことを言ってくれて、「そういう意味では枝優花とやれたのは楽しかった」と言ってくれていたと後から別で聞いて、ああ、良かったって胸をなで下ろしました。

松枝:枝さんは、コロナの前から、いくつもミュージックビデオを手がけてますけど、コロナになってもどんどん作られていて、それはたぶんMVの制作が、映画なんかよりは少人数で、密にならずに出来るから、だと思うんですが、僕が凄いと思うのは、MVといえども枝さんの作っているMVは映画だなと思っていて、ちゃんとストーリーがあって、ある感情の高まりに連れて行ってくれる、あの短時間で。それが凄いなあと思っています。それは作る時に、映画にしようとか心がけているとかあるんですかね?

枝優花:というよりも、私にオファーのあるMVの案件は、物語にしてほしいという案件が来ているというか、こういう質感にして欲しいみたいなのが多いというのが、まずあると思います。結構、要求が具体的なので、MVは雰囲気で撮っているように見えるかも知れませんが、ぜんぜん雰囲気で撮ることができないんです。

松枝:MVって雰囲気や勢いで撮っちゃっているように思っている人は多いかも知れませんね。

枝優花:そうですね。MVは映画より楽だろうとか、もっと軽くやれている、雰囲気で撮れるだろうとか思われがちなんですけど、そういうことはなくて、映画並みに考えないといけないこと、やらなければいけないことがある。しかも、セリフとか言えない中でどう見せていくかというのを考えなくてはいけない。セリフを使えずに映像で見せないと行けないから、MVって、ドラマよりも映画的な側面があるんです。だから撮る側としては、映画的に試行錯誤が出来るという面白さがあるんです。

松枝:あの短い時間で2時間の映画のエッセンスみたいなのを作るというのは、相当、映像作家としての腕やアイディアが鍛えられている、こういうところで枝さん武者修行しているんだなという感じを抱きます。たとえて言えば、長編小説の前に短編を書きまくって腕を磨く小説家みたいな感じでしょうか。

枝優花:ほんとうにそうですね、ドラマで、セリフとか導線とか、どういう風に展開で見せていくかというのを勉強しながら、MVとか映像のテクニックの鍛錬をやって、こういうのを映画で試したいなとかやっていますね。

松枝:面白いですね。そうやって、映画を撮らない間も、映画を撮るためのアイディアやスキルを貯めていっているのがさすがです。

枝優花:毎年、今年はこういう年にしようというのがボンヤリあるんですけど、2020年は、そういう意味では、「制作、演出に集中出来た年」だったかなと思っています。ちょっと前はもっと別の部分で戦わなければいけなかったりしたのが、少しずつお仕事をもらっていく中で、演出に徹する環境が整ってきたなと。

松枝:来年とかはどんな感じなんですか?

枝優花:来年は、まず2月、3月に撮影があって、それは配信のドラマなんですけど、完全オリジナルで、その脚本を、今回のワークショップで試せたらなあと思っています。自分が書いているわけではないんですけど、わりと企画から頭突っ込んでいる案件で。パッケージ的には、十代に向けたドラマなので若い子たちの話ではあるんだけど、わりと私とか脚本家とか根本の人たちは、もうちょっと繊細な、キム・ボラ監督の「はちどり」みたいなものをやりたいって話をしているんですが、それを若者に向けて出すには偏差値が高すぎると言う人たちも居て・・・最近「視聴者に向けてもっと偏差値を下げて」と色んなところで言われることが増えて。沢山の人に見てもらいたいから分り易くしようとする気持ちも判るんですが、本当に作り手が分りやすい物だけを作っていて良いのかと疑問を抱いているんです。もしも、今の視聴者の偏差値が低いとしたら、それは視聴者のリテラシーは低いもんだと決めつけた作り手がリテラシーの低いものを作って、実際に、視聴者たちの偏差値を下げてしまった部分もある気がしていて、・・・だとすると、安易に目先のわかりやすさだけ求めて偏差値を下げてばかりいて良いのか、と。とくに十代の子に向けては、彼女たちの偏差値を下げさせない、むしろ上げていく発信もしていかないといけないんじゃないかと思っているんです。

松枝:本当にその通りだと思います。

枝優花:映像以外にも読者や視聴者が前のめりにならなくても理解できるものが多すぎるというか、それは物があふれているからだと思いますけど、もう少し、読者や視聴者が前のめりになって努力しないと手にいれられない面白さとかあっても良いのにと思うんです。たとえばNetflixでやっている韓流ドラマである「梨泰院クラス」「愛の不時着」が凄いなと思ったのは、1話の時間が長いのに、「最初はつまんないけど3話まで我慢して」みたいなことをみんなが口を揃えて言うんですよ。でも1話90分ちかいドラマを3話まで我慢するって作り手からしたら結構大変なこと(笑)でも、みんなそれで3話まで我慢して面白さにハマって最後まで見ていて、そういう努力をしてまで前のめりになってドラマを見ている。そういう視聴者が日本にも沢山いる。ということは、偏差値を下げずとも「これ面白いから」となれば、行けるんだなっていうことはちょっと思ったりしてて。

松枝:そういう偏差値を下げないという問題意識で描かれた十代向けのドラマがどうなるのか楽しみです。

枝優花:来年やるやつは、ちょっと、まだどういう方向性になるか話し合っている感じなんですけど、オリジナルなもんで、どうしたら、みたいなことをやりつつ、挑戦できたらなというのもありつつ、今度のワークショップでシナリオを試せたらなあと思っています。

松枝:去年のワークショップで面白かったのは、昼クラスで、ドラマの台本試して、夜クラスで映画の台本を試すというのをやったことです。

枝優花:それって普通じゃないんですか?

松枝:アクターズ・ヴィジョンではだいたい、昼クラスと夜クラスはテキスト同じで同じことをやるんですけど

枝優花:そうなんですね

松枝:別にそうでなければ行けないというわけではないんですけどね。

枝優花:私としては、試したい台本を両方試せたので、非常に得るものがありましたので、今回も昼夜クラスは別のテキストを試したいと思っています。

松枝:そうやってワークショップの場を、ほんとうに実験の場として利用してもらえるのは、本当にうれしいです。参加者にとって有意義な場にしようというのはもちろんあるのですが、監督にとっても有意義な場所にできればといつも思っています。

枝優花:はい。

松枝:昨年のワークショップに参加していた、関幸治くん、二條正志くん、見上愛ちゃんをその後の作品で使ってくれているのが、本当に嬉しいです。

枝優花:そうなんです。今年は、アクターズ・ヴィジョンで知り合えた3人の俳優たちとお仕事できました。

松枝:ちなみに、これ、失礼な質問かも知れないですが、それって、温情的なものでキャスティングしたのではなくて、本当に良いと思ってくれたからキャスティングしてもらえたってことですよね。

枝優花:もちろんです(笑)、私は、温情的な物はゼロな人なので(笑)

松枝:ワークショップ主催側としては参加者みんな使ってもらいたい気もしますが、無理して使ってもらっても良いことないので、やっぱり本当に気に入った人だけを使ってもらいたくて、もしも良いと思う奴がひとりもいないなら誰も現場に連れて行かないで良いと思っています。

枝優花:ほかにも何人かいい人いたんですけど、ハマる役がなくて。ハマんない役をやらせても本人たちには得ではないし。変な義理が見えてもやだなと思って。ハマる人にだけお願いしたんです。

松枝:はい。

枝優花:今回、初めて民放のドラマをやらせてもらって判ったのが、わりと脇役とかのキャスティングは監督に任せてくれるんだということです。そのうえ、プロデューサーは柔軟で、「いい人いないですか?」って私の監督回以外の話についても聞いてきてくれたりして、この人良いですよってプロフィールを渡したりなんかして、で、現場でその紹介した子が良かったりすると、プロデューサーのキャスティング候補フォルダにその紹介した子の印象がストックされて、他の企画においてもキャスティングされたりしていて。それを見ていて思ったのは、こんなに簡単に次のチャンスをつかめるんだってことです。現場でめちゃくちゃ結果を出したら次に必ず繋がる。そのことを役者に言いたいです。

松枝:本当にそう思います。どんな小さい役でも腐らず全力でやっていれば、絶対誰かが見ている。

枝優花:そうなんです。見ているんですよ、スタッフは。仕上げの時とかも仕上げのスタッフが「この人良いですね」とか30秒も出ていない役者について話題にしたりする。作り手の間で、どの役者が良いとか情報交換されたりする。誰かが必ず見ていて、良い芝居をすれば、次に繋がる可能性は確実に大きくなる。そのことを役者は知らないかもしれないけど、小さな努力は塵ツモで実っている。だから気を抜いてはいけないというか、無駄にしてはいけない。それを伝えたいですね。

松枝:本当にそう思います。昔は努力しても報われないとか、芸能界的な密約で決まっていることが多くて無所属の俳優は頑張っても意味が無いとか、あったかも知れないですが、それはだいぶ減っていて、本当に芝居ができれば報われる時代になってきていると感じています。

枝優花:そうなんですよね、だからチャンスなんですよね、スタッフたちに芝居を見てもらえる現場は。なのに、すごい緊張しちゃったりだとか、他の人の足を引っ張んないようにと考えるあまり芝居が縮小しちゃったりだとかしているのを見てると、もったいないなあと、こっちは失敗なんて気にしてないからもっとやってくれって思って現場に呼んでるわけだし、自己検閲して、ちっちゃい芝居をしているのは本当にもったいない。わたしとかそういうの見ていられないので、広げるために、ああだこうだ言ってしまう方ですけど、それでも時間無いと、小さい芝居でもOK出さざるをえない場合があるので、そういうときには残念ですが「爪痕残さないとはこういうことなんだな」ということになってしまう。爪痕残せば、この業界は、わりと次につながるのに。

松枝:それはワークショップにも言えると思っていて、やっぱり関くん二條くん見上ちゃんは爪痕を残していた。そしてそういう爪痕を残した人をちゃんと現場に連れて行ってくれる枝さんがいると言うことが本当に嬉しい。そういう枝さんと会えるんだから、ワークショップに参加できて良かったねじゃなくて、ちゃんと爪痕残してくれよって思う。

枝優花:ワークショップ4日間もやっていると、その人の性格とか、窮地に立たされた時に何を選択するかとかも見えてくるから、現場に呼びやすいですね。この子は芝居は悪くないけど、時間かかる子だから、このスケジュールでこのシーンにこの子を置いちゃうと駄目だなとか。ドラマ「あのコの夢を見たんです。」に出てもらった関幸治さんの場合、関さんの出るシーンってぜったい時間の無いところに組み込まれるっていうのが判っていて、その中でテンパらずにちゃんと現場の空気を読んで回せる人、ってなると関さんだなあと思って出てもらったんです。自分の芝居に一杯いっぱいになっちゃって、緊張もあるし、急かされて、やんなきゃ、やんなきゃ、ってテンパっちゃうことが関さんには絶対に無いというのが判っていたので。助かりました。

松枝:話は変わるのですが、昨年ワークショップで使った枝さんのテキストは昼クラスでやった連ドラのシナリオも夜クラスでやった映画のシナリオも両方とも男と女って何だろうと考えさせる題材で、しかも、女性側が男性から受けている無意識の差別みたいな物を明確に描いていた。そういうのはやっぱり女性作家、女性脚本家、女性監督だからこその発信だと思います。アメリカのアカデミー賞の授賞式を見たりしていると、受賞した女優たちなどがやはり壇上で女性の権利を守ることを発言しています。日本なんかよりも男女の平等みたいなのが成立しているアメリカでさえそうなんだと思わされます。それを考えると日本はまだまだ男性中心社会で、女性クリエイターによる男性の無意識の横暴さを告発する作品はもっと多く制作されるべきと思っているんですが、枝さんはどう思いますか?

枝優花:わかります。でも、一方で、どうしても自分が女性なんで、視点がやっぱり女性視点になった時に、男性排除みたいになりすぎるのはやっぱり違くて、おっしゃられるとおりに女性から発信されるものが増えれば良いと思いつつ、描かれる時の、そのバランスが難しいなと思っています。男性が見た時に、「俺たちは敵対視されている」みたいに感じられるものに出力されるとすると違うなと。

松枝:男子を徹底的に敵視している作品とか、たとえば、日本人を徹底的に悪者に書いている作品とか、白人を徹底的に・・・とか、僕はあっても良いと思うんですけど、やっぱり良い作品というのは、敵にも理由があるというか、どっちの言い分も理解できる、みたいなものですよね、やっぱり。

枝優花:たしかに。だからノア・バームバック監督の「マリッジ・ストーリー」とか凄いなあと思っていて、夫と妻、両方の気持ちが分って「どうしたらいいんだ?」みたいな感じにこっちがなってしまうというのはやっぱり凄い。

松枝:男女って本当に認識がずれていますよね。

枝優花:去年のワークショップでは、それが本当に顕著で面白かったですね。彼氏と彼女がいっしょに映画に行って、でも映画のあいだ彼氏が寝ていたのを彼女が指摘すると彼氏が「え、寝てないよ」みたいなことを言うシーンで、男性が「これはすごい悪い男性なんだ」と思ってヒドい彼氏をそろってみんなが演じ始めたときに、いや、違くて、これは日常茶飯事で、みんな男の人たちがやってることで、自分のプライドを保つために平気で目の前の女の人をペッとやれちゃう、みたいなのをわりと軽いタッチでやってほしかったのに、俳優たちは「そんなヒドい男って居ますか?」みたいな認識で(笑)。でも、女優たちは「いるいる」「わかるー」(笑)、「こういうのありますよね」みたいなことを言っているのが、凄い面白くて。

松枝:そうでしたね(笑)。

枝優花:世の中の脚本家はまだまだ男性が多い。だからこそ、男である俳優たちは視点を変える必要なくその本を読めていたけれども、女性の書いた脚本をやろうとすると、1回俳優たちが女性視点に切り替えて、男性である自分ではなく女性として脚本を読んでいかないと理解できなかったり、見落としちゃう小さな感情の機微とかがあるんだなというのがわかりました。俳優たちが自分たちの視点で強引に女性脚本を読んでいったときに脚本家が意図した物と全然違う物になってしまうっていう発見がありました。

松枝:なるほど。

枝優花:そういう俳優たちが多い中でドラマ「あのコの夢を見たんです。」にも出てもらった二條正志くんが面白かったのは、2日目から女性視点に切り替えて読んで来たみたいで急に芝居がハマりはじめて、終わったあとに、「どうしたの?」と聞いたら、「最初は理解できなかったんだけど、知り合いの女の子たちにいろいろアンケートを採ってから、もう一度女性視点で脚本を読み直したら、良く理解できた」って言ってて、あ、そういうことかって思いました。

松枝:自分も去年、あることがあって気付いたのですが、男性も無自覚なままに男性性を振りかざしてしまっていることもあるんだなと。例えば大声出すのでも、男と女では相手に与える威圧感が違う。知らず知らずに性差を利用して相手を威圧したり、黙らせたりなんてことは起こりうるというか、無自覚にやっちゃってる。

枝優花:そうなんですよね。これは性差ではないんですけど、「自分の権力に自覚的であれ」と言いますが、その通りだと思っていて、自分は監督だけど、まだ二十代で、女で、見た目も威圧感がないから、誰かを威圧するような、権威を振りかざすことはしていないだろうと思っていても、たとえば俳優部にとっては、私の言うことはやっぱりキャスティング権とかもあるわけだし、一定の効力がある。夜中に飲みに行こうよとか言ったら、なかなか断りづらいことになる。権力に無自覚だと、誰かを傷つけることをしてしまって危ないなあって最近思っています。

松枝:そいういう自覚できる人は良いですが、多くの人たちが自覚できないままで、男性性だったり、権力だったり、あるいは差別意識を振りかざしてしまっている。それを修整する上でも、僕はそういうことを描く映画が増えれば良いなと思っています。と言いますか、ペンは剣より強しと言いますか、政府のナンチャラ会議よりも、映画の方が、人々に対してそういうことを考えさせる影響力が強いんじゃないかと思ってます。映画は必ずしも人々の気休めや娯楽のためにあるだけではなくて、世界を改善するという大きな使命を持っている気がします。昨年の枝さんのワークショップで使った枝さんの書かれた台本をみると、エンターテイメントでありながら、そういうことをも考えたり気付かせるような作品を、使命感をもって作ろうとしている人に思えます。

枝優花:私が影響を受け、憧れている監督たちが、そういう使命感を持って、今この時代に撮らねばならない映画を撮られている方たちだからだと思います。自分もそういう監督たちみたいになりたいし、そこを曲げたら、映画監督になった意味が無いように思うので。あの、こんなことを言うと、偉そうなんですが、ある作品の映画化のお話をいただいて、でも、どうしても、今それを映画化しなければいけない意味がわからなかったので、お断りさせていただいたんです。もちろん、映画がビジネスであるというのは判っていて、ビジネスだけの、お金を回収することを目的にした映画があることも否定しません。でも、いまの私がそれをやったら、この業界に入って映画をやっている意味が無いなと思っていて。

松枝:今回、枝さんのワークショップの参加者を募集したら、150人を越えるすさまじい数の応募者があって、しかも、その子たちが20代、10代の若い女の子がほとんどで、彼女たちの参加志望動機を聞くと、これがまた熱い。枝さんの映画やドラマやMV、写真という枝さんの作品に救われている子のみならず、さらに枝さんの発言や考え方やInstagramで発信している意見なんかに助けられたりしている。語弊があるかも知れませんが、枝さんのことを、道を指し示してくれる人だと感じている若い女の子たちが非常に多い。

枝優花:若い子たちにとって、女性で、自分たちとも歳が近くて、これは自分たちの物語だと思えるものを作ってくれる映画監督、って意外と居るようで居ないのかなと思っていて、そこを徹底してやることが、いまの自分の使命のような気がしています。私自身も、下の世代に自分の作品を見てもらいたい、強制しても見させたい(笑)という気持ちが強いです。彼らは、まだまだ自分の考えをアップデートできるし、より良く生きるためにブラッシュアップし続けることができる。その時に、彼らが変化のきっかけとなる映画、出会えて良かったと思えるような映画を作っていきたいと今のところは考えています。

松枝:そういう映画を作るきっかけになる俳優たち、刺激やアイディアをくれ、枝優花監督の作品を豊かにしてくれる俳優たちとの出会いのきっかけになると嬉しいです。今日は、お忙しいなか、長々とありがとうございました。

枝優花:ありがとうございました。

(2020年11月18日、Zoomにてインタビュー)

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